韓国ドラマ「王は愛する」 のキャストや出演者やあらすじなどの作品情報です。
韓国題名 왕은사랑한다
韓国MBC 2017/7/17~2017/9/19 全40話放送
シナリオ・・ソン・ジナ
演出・・キム・サンヒョプ
☆1274年頃からの高麗が舞台。
元の皇帝を祖父にもつ 世子ワン・ウォンを嫌い、純潔高麗人の世子を擁立したい勢力 ソン・インが様々な罠を仕掛けて ワン・ウォンを陥れる勢力争い。
大富豪の娘 ウン・サンをめぐる世子ワン・ウォンと王族ワン・リンのもつれた赤い糸の恋の行方、ウン・サン家の財産を狙うワン・リンの兄 ワン・ジョンとの闘いなどを描いた見どころ満載のとても面白いドラマ☆
☆韓国ドラマ「王は愛する」の ウン家や世子の反対勢力のキャスト一覧はこちら♪
出演者
ホン・ジョンヒョン | イム・シワン | ユナ | パク・ジヒョン |
ワン・リン | ワン・ウォン | ウン・サン | ピヨン |
王族 ウォンの友 | 高麗 世子 | 高麗 富豪の娘 | サンの侍女 |
ユン・チャンヨン | ナム・ダルム | イ・ソヨン | ソン・スヒョン |
リンの子役 | ウォンの子役 | サンの子役 | ピヨン子役 |
☆高麗王室&王族&お付きの人々☆
チョン・ボソク | チャン・ヨンナム | イム・シワン | ホン・ジョンヒョン |
忠烈王 | 元成公主 | ワン・ウォン | ワン・リン |
高麗 第25代王 | 忠烈王の妃 | 忠烈王の次男 | ワン・ウォンの友 |
1236-1308 | 1259-1297 | 1275-1325 | 高麗の第一序列王族 |
元の世祖の娘 | 第26代王 忠宣王 | ||
カン・イェソル | キム・ボラ | ムン・ウジン | パク・ファニ |
貞和(チョンファ)宮主 | 元成(ウォンソン)公主 | ワン・ウォンの子役 | ワン・ダン |
忠烈王の妃 | の子役 | リンの妹 | |
?-1319 | |||
キム・ソンジェ | キム・ジェウン | キム・ジョンウク | ユン・ジョンフン |
江陽公 (カンヤン君) | フラタイ | キム内官 | ワン・ジョン |
王滋(ワン・ジェ) | 元成公主の | 世子ウォンの内官 | ワン・リンの兄 |
忠烈王 長男 | 護衛武士 | ||
?-1308 | |||
キム・ビョンチュン | ミン・ヨンウォン | パン・ジェホ | キム・ホジン |
チェ・セヨン | チョ尚宮 | チングァン | ワン・ヨン |
元成公主の宦官 | 元成公主の尚宮 | ウォン護衛武士 | 高麗 第1序列王族 |
ペク・ソンイ | キ・ドフン | ||
ホウィヨ | チャンイ | ||
元成公主護衛武士 | ウォン護衛武士 |
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忠烈王やワン・ウォンの家系図
忠烈王 には息子は2人しかいなかったようです。
ワン・ダンは実際にも1287年に 貢女に選ばれて 13歳の世子ワン・ウォンも一緒に元にいく途中、元気のないウォンに元成公主が理由を尋ねたところ、「ワン・ヨンの娘が貢女に選ばれているから、辛い」と答え、結局、貢女にされずに 高麗にかえったそうです。
ドラマの中で ワン・ウォンが世子妃を選ぶ時に ワン・ダンに「一番の女性は他にいる。ダンは妹のようなものだし、生涯 抱くこともないだろう」というようなセリフを言っていましたが、1289年に結婚しましが、ワン・ウォンとダンの間に子供はいなかったようです。
ダンはウォンと一番初めに結婚しましたが、次々と他の妃を迎えいれたため、第3妃にされてしまいました。
韓国ドラマ「王は愛する 」の中では純潔高麗人の世子をにするために ソン・インとワン・ジョンが悪事の限りを働きますが、歴史では元国の血をひいたワン・ウォンが26代王 忠宣王 として即位し、忠宣王 とモンゴル出身の懿妃の息子が第27代王 忠肅王 として即位。
シナリオ作家 ソン・ジナさんは「大王四神記」や「シンイ-信義-」を書いた実力派の人気作家。
元国に支配されている高麗が純潔高麗人の王位継承するため、元国の血が混じる世子を廃位するためにあらゆる策略をめぐらし、そこに世子と純潔高麗王族と素性を隠したお嬢様との三角関係を絡めたとても面白い作品を書いたんだなあと思いました。
でも、私の中では 最終回は「なぜ、そうなるんだぁ・・・」とかなりがっかりしました。
忠烈王やワン・ウォンの在位年と出来事
☆1297年にワン・ウォンは忠烈王の寵愛をうけて横暴なふるまいをしていた 宮人 無比や宦官 陶成器、崔世延など40人あまりを殺して宮中の規律を正す。
すでに政治に興味を失っていた 忠烈王は1298年に息子のワン・ウォンに譲位。
しかし、元の国とうまくいっていなかった26代王 忠宣王は元国の使節団に國璽(国事に使用する官印)を奪われて 7カ月で王位は25代王 忠烈王に戻される。
元国にいったワン・ウォンは1308年に 忠烈王が亡くなり、帰国して 再度 26代王 忠宣王として王位につく。
しかし、政治に嫌気がさした忠宣王は1313年に息子に譲位。
その後は古今書籍などを収集して研究などをしていたのに、1320年には島流しになって、3年で戻ってきたり、最後は元の国でなくなるなど、波乱万丈の人生でした。